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大阪地方裁判所 平成元年(行ウ)9号 判決 1992年8月31日

原告

山上英行(旧姓 沢成)

右訴訟代理人弁護士

武村二三夫

氏家都子

被告

吹田市教育委員会

右代表者委員長

伊東巖

右訴訟代理人弁護士

川田祐幸

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し昭和六三年一〇月三一日付けでなした懲戒免職処分(以下、本件免職処分という)を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は昭和四七年五月八日被告により吹田市の学校給食調理員に任用され、同六一年四月一日から同市立東山田小学校に勤務していた。

2  原告は、同六三年八月一七日、同小学校給食調理員休憩室において、調理員の中村悦子(以下、中村という)の首の辺りに持っていた匕首を突きつけた(以下、本件行為という)。

3  被告は、同年一〇月三一日、本件行為が地方公務員法(以下、地公法という)二九条一項三号(「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」)に該当することを理由に本件免職処分をなした。

二  争点

1  本件行為は地公法二九条一項三号の定める懲戒事由に該当するか。

(被告)

小学校給食調理員の職にある者が校内の調理員休憩室において女性の同僚職員の首の辺りに刃物を突きつける行為が懲戒事由に該当することは明らかである。

(原告)

(一) 本件行為の原因は、原告が無断欠勤した事実がないのに中村が再三原告の出勤簿に勝手に「無断欠勤」と記入したことおよび校長小出與(以下、小出校長という)が中村の「無断欠勤」記入行為につき原告から抗議を受け、原告に対してその記載を消すことを約束しながら、職務怠慢のため中村がさらに同じ行為に及ぶのを阻止しなかったことにある。

(二) 本件行為は偶発的なものである。原告は、原告の抗議に対し中村が挑発的態度をとったため、カッとなって無意識に短刀を手に持ったまま中村に歩み寄ったにすぎない。鞘は付いたままだったが、古い短刀であったため、いつの間にか鞘が落ちて、中村に短刀を向けたときは抜き身の状態になっていたのである。短刀は刃引きしていたため全く切れない状態であった。また、原告は中村に短刀を突きつけた後、自発的に他の調理員に短刀を渡した。

以上から本件行為は懲戒事由に該当しない。

2  本件免職処分は裁量権の範囲を越えこれを濫用したものといえるか。

(原告)

(一) 比例原則違反

1の(一)、(二)に記載した事情のほか、原告が本件行為につき深く反省していること、本件行為後の昭和六三年九月二日以降原告は給食センターに配置されてさらしもの同様の扱いを受けるなど既に相当程度の制裁を受けていること、懲戒免職処分は懲戒処分の中でもっとも過酷なものであり原告を民間を含めた雇用の場から事実上排除する効果をもつものであること等を総合的に考慮すれば、原告に対し懲戒処分がなされるとしても、諭旨免職処分に至るまでの範囲でなされるべきであった。本件免職処分は不当に重すぎる。

(二) 平等原則違反

中村が原告の出勤簿の押印欄に「無断欠勤」と記入したことは権限のない違法な行為であり、地公法二九条一項二号、三号の懲戒事由に該当するが、中村に対する懲戒処分はなされていない。また、原告に対し「無断欠勤」の記載を消すことを約束しながらそれをしなかった小出校長には職務怠慢があり、地公法二九条一項二号の懲戒事由に該当するが、小出校長に対する懲戒処分はなされていない。

本件行為については中村および小出校長にも責任があるのに、原告のみが懲戒免職というもっとも重い処分に付され右両名に対しては懲戒処分がなされていないのだから本件免職処分は平等原則に反する。

(三) 他事考慮および要考慮事項の不考慮

本件行為について原告に対し被告による事情聴取がなされたのが九月一日であるのに対し、臨時教育委員会が開催され本件免職処分について審議されたのは一〇月二八日であり、その間約二か月もかかっている。これは、一〇月六日、吹田市議会において、給食調理員を下請けでなすべきだとの見解を持つ市議会議員が本件行為をとりあげて質問の対象としたため、原告を厳しく処分して下請けの問題を糊塗すべく、急遽本件免職処分がなされたからである。

つまり、本件免職処分は、右市議会議員の質問への対処という、本来考慮すべきでないことを考慮してなされたのである。

さらに、右一〇月二八日の臨時教育委員会においては、中村による「無断欠勤」記入行為および小出校長の職務怠慢の事実が考慮されておらず、また、原告の反省、中村の宥恕の事実が隠蔽される一方、原告の勤務態度の問題性が誇張、強調されている。

以上のとおり、本件免職処分をなすにあたっては考慮すべきでない事項が考慮され、考慮すべき事項が考慮されていない。

第三争点に対する判断

一  争点1(懲戒事由該当性)について

1  原告が本件行為に及んだ経緯は次のとおりである。

(一) 原告は常日頃同僚調理員から離れて行動することが多く、特に昭和六三年四月に赴任してきた中村と反りが合わなかったこともあって、同月以降は校務員室で休憩をとることが多かった(当事者間に争いがない)。

原告は、持病の糖尿病等を理由に、事前に同僚調理員に告げないまま欠勤することがたびたびあり、また、ミーティングにも積極的に参加しないため、作業の調整に支障をきたすことが多く、同僚調理員から不満がでていた。

なお、調理員が出勤簿に押印するにあたっては、原告以外の調理員は、そのうちの一人が他の調理員の分もまとめて押印するのが例であったが、原告だけは自分で押印していた(<証拠・人証略>)。

(二) 原告は同年八月一日の午前中出勤せず(午後は教頭からの電話連絡を受けて出勤)、同月八日も出勤しなかったので、同日、中村は原告の出勤簿の右両日の押印欄にそれぞれ「無断欠勤」と記入した。

原告は同月一五日に出勤した際、出勤簿の右「無断欠勤」の記載を発見し、認印のある年次休暇票を小出校長に示して事前に欠勤の承認を受けていたと主張し、右「無断欠勤」の記載を消すよう求め、小出校長はこれを認めた。その際原告は右「無断欠勤」の記入をしたのが中村であることを知った。

同日、原告は、校務員の中谷に対し、原告が翌日欠勤した場合の年休の届出を依頼し、翌一六日は出勤しなかった。そこで、中谷は原告から年休をとると聞いているということを小出校長に報告した。他方、中村は原告の出勤簿の一六日の押印欄にまた「無断欠勤」と記入した(<証拠・人証略>)。

(三) 同月一七日に出勤した原告は、八月一日、八日の欄の「無断欠勤」の記載が抹消されていないばかりか新たに一六日の欄にも「無断欠勤」の記載がなされていることを発見して立腹し、調理員休憩室に行き、他の調理員と談話中の中村に対し強い口調で「何が無断欠勤やねん」といい、持っていた匕首(長さ二二・四センチメートル)を部屋の畳の上に刺した。これに対し、中村が「本人から届けが出ていないので無断欠勤と変わりがない」と答えたので、原告はさらに激昂し「消してこい」と怒鳴ったうえ同人に歩み寄ってその襟元をつかみ、匕首をその首の辺りに突きつけ、刃先が同人に触れる状態で同人を壁際に押しつけた。この様子を見て、まわりにいた他の調理員が原告の手から匕首をとりあげ中村から引き離した(<証拠・人証略>)。

原告は本件行為につき、カッとなって匕首を手に持ったまま無意識に中村に歩み寄ったにすぎず威嚇するつもりはなかった、匕首に鞘はついていたが自然に落ちていた、匕首を中村に突きつけたあと自分から他の調理員に匕首を渡したと供述するが、その内容自体あいまい、不自然であり、右証拠に照らして措信できない。

2  右事実によれば、本件行為は中村が原告の出勤簿の押印欄に勝手に「無断欠勤」と記入したことが原因になっているものの、勤務場所において同僚の首の辺りに、刃引きの点はともかく、匕首を突きつけて威嚇するという行為態様の悪質性に照らすと、本件行為は、地公法二九条一項三号の定める「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」に該当すると認めることができ、原告に対する懲戒事由になるというべきである。

二  争点2(裁量権の濫用)について

地方公務員に法定の懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されている。右の裁量は恣意にわたることができないことは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである(最高裁判所昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決・民集三一巻七号一一〇一頁参照)。以下、右の観点から検討する。

1  比例原則違反について

本件行為の態様の悪質性に照らせば、本件行為に至った経緯、原告の主張する本件行為後の事情、および免職処分がもっとも程度の重い懲戒処分であって慎重な配慮を要するものであることを考慮しても、本件免職処分が不当に重すぎ懲戒権者に任された裁量の範囲を越えるものであるとはいえない。

2  平等原則違反について

中村に対し、原告の出勤簿の押印欄に権限なく「無断欠勤」と記入したことを理由とする懲戒処分がなされておらず、小出校長に対し、原告の出勤簿の「無断欠勤」の記載を消すことを約束しながらただちにそれを行わなかったことを理由とする懲戒処分がなされていないことは当事者間に争いがない。

しかし、本件との関連で中村および小出校長の行為が意味があるのは、それらが本件行為を誘発した一因となっていることのみであり(これを考慮しても本件免職処分が裁量の範囲を越えるものでないことは1で述べたとおり)、中村および小出校長が懲戒処分を受けず原告のみが懲戒免職処分を受けたとの事実は、裁量権の濫用の判断に影響しない。

3  他事考慮および要考慮事項の不考慮について

(証拠略)によれば、本件行為について原告が事情聴取を受けたのは昭和六三年九月一日であることが認められ、その時点から約二か月後の同年一〇月二八日の臨時教育委員会で本件免職処分が審議されたことは当事者間に争いがない。また、(証拠略)によれば、同年一〇月六日、吹田市議会において藤川議員が本件行為をとりあげて原告の処遇、事件の処理等につき質問をしたことが認められる。

しかし、右の事実のみでは、本件免職処分にあたって藤川議員の質問への対処ということが考慮されていたと認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。さらにいえば、本件行為の悪質性に照らすと、本件行為を理由とする本件免職処分は公務員関係の秩序の維持という公務員に対する懲戒処分の制度目的からみて非難すべきところはなく、藤川議員の質問への対処ということが仮に考慮されていたとしても、それが被告の裁量の範囲を越えるものということはできない。

次に(人証略)によれば、被告は小出校長からの報告(<証拠略>)、原告からの事情聴取(<証拠略>)に基づいて本件免職処分をなしたと認めることができ、したがって被告は原告が本件行為に及んだ経緯を十分に認識していたということができる。

よって、被告が本来考慮すべきでない事項を考慮し、考慮すべき事項を考慮せずに本件免職処分をなしたということはできない。

4  以上より、いずれの見地からしても、本件免職処分をなすにつき懲戒権者である被告が裁量の範囲を越えこれを濫用したということはできない。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 野々上友之 裁判官 倉地康弘)

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